Happy Birthday, My Dear Daddy

December
2nd

今日12月2日は、父の誕生日。
67歳を迎えるはずでした。

私がカナダから急遽日本へ帰国したのは、父が余命半年から1年と診断されたためでした。

 

涙を隠して会いに行った病床の父は、いつもと変わらず元気いっぱいで
ジョークを言っては皆を笑わす明るく優しい父。
最期までいつもの父らしく居て欲しいと思った私たちの決断は、病名を告知しないことでした。

病室ではいつも母、姉夫婦、孫、私と笑いに包まれ、お腹がよじれるほど笑いあい
余命なんて言葉を忘れてしまうほど。

ただ良くなることだけを信じ、家に戻ることだけを信じて
病人らしくなく、あっけらかんとおどけて見せる陽気な父にどんなに救われたか。
父の元気な姿を見て、お正月も退院して帰ってこられる、みんなで楽しいお正月を迎えられると
誰もが信じて疑いませんでした。

抜いてもすぐに溜まってしまう腹水を静脈に戻す手術をすることになり、
手術をするも一度目はチューブが細い血管にうまく入らず中断。

次の再手術までの2週間、
毎日毎日病室で父とゆったりと過ごす時間はとても温かく幸福な時間でした。

父の姉兄弟はもちろん、友人や親戚など会いたい人たちからのお見舞いを受け
毎日が上機嫌な父でした。

担当医も、手術が成功すればもしかしたら1年以上は大丈夫かもしれないと言うほど
父の容態は安定していました。

再手術は奇しくも私たちの結婚1周年記念日の11月6日。

父にとっては娘婿が勤める病院で、さらに術場に立ち会ってもらっての再手術。
私たちにとっても、父にとってもこんなに心強いことはありませんでした。

再手術は成功し、翌日にはICUから普通病棟に戻るほどの順調ぶり。

2日後、恐れていた術後の合併症を併発するも輸血をして持ち直したのですが…
11月11日夕方より急変し、その後は本当にあっという間。

11月12日午前4時10分。
最愛の家族に見守られて、静かに息を引き取り帰らぬ人となりました。
不思議なことに、父が天国に召された11月12日はPandaの誕生日でした。

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▲父が大好きだった庭いじり。

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▲愛情を込めて育てたピーマンやトマトや朝顔や紫陽花などの花々を
来年も咲かせるんだと語って聞かせてくれたのは、
やっぱりちょっと辛かった。

最期まで私たち家族には弱みを見せず本当にかっこいい死に方だったね、お父さん。
でも、66歳というのはあまりに若く、あとせめて10年生きてくれたら…。
子煩悩な父に私の子供も見せたかった。

もっとこうすれば良かった、ああすれば良かったという後悔の念はあげればきりがありません。

自分では元気になったつもりでも、
こうやって思い返して書いているとさまざまな映像が頭の中に思い起こされて
溢れてくる涙を止めることができません。

でも。

過保護とまでいえるほどの愛情と、たくさんの笑いで私たちを育ててくれた父にとって、
私たちがいつまでもメソメソとしているのは嬉しくはないはず。

だからブログへ悲しい気持ちを綴るのも、これが最初で最後です。

異国で暮らしている私にとって、父の看病をするために長期間日本に帰国することができ、
そして最期まで看取ることができたのは本当に幸せでした。
たとえもし父が一度良くなって退院したとしても、死期が迫っていた父を置いて1月にポーランドに行くことは
私には出来なかったかもしれない。

異国ではなくとも、ご両親と離れた地で暮らす方には
きっとこの気持ちわかっていただけると思います。

優しい父は、みんなに気を遣って急いで逝ってくれたのかもしれません。
2ヶ月弱の入院生活で父は苦しむこともほとんどなく、
私たちに楽しい時間ばかりを残してくれたことに心から感謝しています。

そして、父の死後に待ち受けていた数々の法的な事務処理や父の部屋の後片付けも
家族と共に時間をかけて手伝うことができて…。
なにもかも、これはあらかじめ決められていた運命だったのかなぁ、これで良かったんだ、と
やっと父の死を受け入れることができるようになってきました。

 

父の葬儀の際、

 

『親孝行は、親が亡くなった後でも出来るんだよ。
毎日を精一杯幸せに生きること。これが何よりの親孝行なのだから。
これからはあなたがカナダにいてもポーランドにいてもお父さんにはちゃんと見えているのだし、
あなたの心の中でお父さんと一緒に旅することもできるんだよ。』

 

と言っていただいた言葉を忘れないでいたいと思います。

 

飛行機嫌いな父でしたが、これからは一緒に旅をして、見せたかった風景を見せたいと思います。

 

父の口癖だった『お前の人生はお前のものだから』という台詞。
私がやりたいことは否定せずに、すべてやらせてくれて温かく見守り続けてくれた父に
今は感謝の気持ちでいっぱいです。みんな幸せに生きていくから、心配しないでね。

そして、会社でも趣味でも、我を通してやりたいことを思う存分堪能した自由奔放なお父さんも
本当に幸せな人生を歩んだ人だと、みんなから言われていたよ。

好きでやめられなかった煙草もお酒も、飲めずに我慢して長生きするよりは
好きなものをずっと楽しんでいたかったんだもんね。

だから、これで良かったんだよね。

お父さん、たくさんの愛情で育ててくれてありがとう。
今日、お父さんの誕生日をこちらで一緒で迎えることができなくて残念だけれど、
今日はお父さんの好きな食べ物を用意して、お花も綺麗に飾って
みんなで思い出話をしながら、賑やかにしているよ。

賑やかなの大好きだったもんね。

これからは天国で誰に止められることなく、おいしいお酒を好きなだけいっぱい飲んでね。

大好きなお父さん、本当にいままでお疲れ様でした。
どうもありがとう。

※最後に訃報を聞いて葬儀に来てくれた友人たち、弔電や香典などお心遣いをしてくれた友人たち
元気付けるメールをくれた友人たち、法的事務処理を手伝ってくれている友人の一人一人に
感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございました。

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