Archive for December, 2008

He has arrived in Japan

Monday, December 22nd, 2008
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▲長時間のフライトおつかれさま
※この写真はネット上で拾いました

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▲ポーランドからたっぷりのチーズと

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▲私のお気に入りのチョコレートを抱えて。
ピスタチオ入りのチョコ、めちゃめちゃおいしいの。

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▲お義母さんからは一足早いクリスマスプレゼント♪
私の誕生石であるターコイズ。私の一番好きな石。
夏の暑い日に、シンプルスタイルと合わせよう。

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▲今年は離れ離れになってしまった結婚記念日と
Pandaの33歳の誕生日と、私の32歳の誕生日。
やっと一緒にお祝い☆
パーティを準備してくれた家族に感謝。

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Panda has finally come to Japan to spend Christmas and New year.  The Polish cheeses and chocolates he brought made me super happy Laughing All his choices are my favorite and I’ve especially missed the pistachio chocolates, “Solidarnosc”, which I ate at Ilona’s house.  My mother in law gave me a cute chrismas gift Smile Turquoise is one of my beloved stones as it is my birth month’s stone.

As we have been separated for a while, our wedding anniversary, his 33th birthday and my 32th birthday were missed….we finally had a party together to blow out candles Wink

We wish you a Merry Christmas!

Panda and Umi

Superwoman

Friday, December 12th, 2008
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▲10月末、晴空の日に外で大根洗い

 

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▲キーンと冷たいお水が綺麗になるまでジャブジャブと

 

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▲ピカピカ大根
てんこ盛り

 

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▲紐にしばって干す

 

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▲11月初旬、干した大根を 『にしん漬け』に

 

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▲でっかい赤かぶ

 

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▲『赤かぶ千枚漬け』
最初は塩漬けして余分な水分を取り除き、
その後昆布と酢、お砂糖で付け直します。

 

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▲みんな大好き『飯寿司』
例年より遅いけど12月初旬に漬け始め

 

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▲3日間毎日3回水を取り替えて血抜きした鮭が入ります
その上に柚子を散らして

 

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▲人参も綺麗に切ると華やか

 

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▲最後は竹の紙で封印

母の指令の下、女3人で楽しく漬けたお漬物。
おいしいお正月が迎えられそうです。

Alicia Keysの’Superwoman’の歌詞一部を下に貼り付けました。 女は強し、母は強し!です☆

 

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Who is a superwoman?  That’s my mom – she is tough and strong.  It’s her annual tradition to prepare a variety of winter pickles.   Since the day my dad went to the hospital, she has washed, dried and cut veges and fishes.   It takes so much time and so much work.  Although my dad, loved her pickles the most, is not here anymore, she has finished them for him and us.  My sister and I helped her out of course.  I want to make them someday in Canada or Poland 🙂   I appreciate her letting us enjoy these pickles this year as well. I can’t wait to eat them!

The song, ‘Superwoman’ by Alicia Keys, motivates me to stay strong.  Yup, all woman are storng, aren’t they?

For all the mothers fighting
For better days to come
And all my women, all my women sitting here trying
To come home before the sun
And all my sisters
Coming together
Say yes I will
Yes I can

Cause I am a Superwoman
Yes I am
Yes she is
Even when I’m a mess
I still put on a vest
With an S on my chest
Oh yes
I’m a Superwoman

When I’m breaking down
And I can’t be found
And I start to get weak
Cause no one knows
Me underneath these clothes
But I can fly
We can fly, Oh

Happy Birthday, My Dear Daddy

Tuesday, December 2nd, 2008

今日12月2日は、父の誕生日。
67歳を迎えるはずでした。

私がカナダから急遽日本へ帰国したのは、父が余命半年から1年と診断されたためでした。

 

涙を隠して会いに行った病床の父は、いつもと変わらず元気いっぱいで
ジョークを言っては皆を笑わす明るく優しい父。
最期までいつもの父らしく居て欲しいと思った私たちの決断は、病名を告知しないことでした。

病室ではいつも母、姉夫婦、孫、私と笑いに包まれ、お腹がよじれるほど笑いあい
余命なんて言葉を忘れてしまうほど。

ただ良くなることだけを信じ、家に戻ることだけを信じて
病人らしくなく、あっけらかんとおどけて見せる陽気な父にどんなに救われたか。
父の元気な姿を見て、お正月も退院して帰ってこられる、みんなで楽しいお正月を迎えられると
誰もが信じて疑いませんでした。

抜いてもすぐに溜まってしまう腹水を静脈に戻す手術をすることになり、
手術をするも一度目はチューブが細い血管にうまく入らず中断。

次の再手術までの2週間、
毎日毎日病室で父とゆったりと過ごす時間はとても温かく幸福な時間でした。

父の姉兄弟はもちろん、友人や親戚など会いたい人たちからのお見舞いを受け
毎日が上機嫌な父でした。

担当医も、手術が成功すればもしかしたら1年以上は大丈夫かもしれないと言うほど
父の容態は安定していました。

再手術は奇しくも私たちの結婚1周年記念日の11月6日。

父にとっては娘婿が勤める病院で、さらに術場に立ち会ってもらっての再手術。
私たちにとっても、父にとってもこんなに心強いことはありませんでした。

再手術は成功し、翌日にはICUから普通病棟に戻るほどの順調ぶり。

2日後、恐れていた術後の合併症を併発するも輸血をして持ち直したのですが…
11月11日夕方より急変し、その後は本当にあっという間。

11月12日午前4時10分。
最愛の家族に見守られて、静かに息を引き取り帰らぬ人となりました。
不思議なことに、父が天国に召された11月12日はPandaの誕生日でした。

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▲父が大好きだった庭いじり。

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▲愛情を込めて育てたピーマンやトマトや朝顔や紫陽花などの花々を
来年も咲かせるんだと語って聞かせてくれたのは、
やっぱりちょっと辛かった。

最期まで私たち家族には弱みを見せず本当にかっこいい死に方だったね、お父さん。
でも、66歳というのはあまりに若く、あとせめて10年生きてくれたら…。
子煩悩な父に私の子供も見せたかった。

もっとこうすれば良かった、ああすれば良かったという後悔の念はあげればきりがありません。

自分では元気になったつもりでも、
こうやって思い返して書いているとさまざまな映像が頭の中に思い起こされて
溢れてくる涙を止めることができません。

でも。

過保護とまでいえるほどの愛情と、たくさんの笑いで私たちを育ててくれた父にとって、
私たちがいつまでもメソメソとしているのは嬉しくはないはず。

だからブログへ悲しい気持ちを綴るのも、これが最初で最後です。

異国で暮らしている私にとって、父の看病をするために長期間日本に帰国することができ、
そして最期まで看取ることができたのは本当に幸せでした。
たとえもし父が一度良くなって退院したとしても、死期が迫っていた父を置いて1月にポーランドに行くことは
私には出来なかったかもしれない。

異国ではなくとも、ご両親と離れた地で暮らす方には
きっとこの気持ちわかっていただけると思います。

優しい父は、みんなに気を遣って急いで逝ってくれたのかもしれません。
2ヶ月弱の入院生活で父は苦しむこともほとんどなく、
私たちに楽しい時間ばかりを残してくれたことに心から感謝しています。

そして、父の死後に待ち受けていた数々の法的な事務処理や父の部屋の後片付けも
家族と共に時間をかけて手伝うことができて…。
なにもかも、これはあらかじめ決められていた運命だったのかなぁ、これで良かったんだ、と
やっと父の死を受け入れることができるようになってきました。

 

父の葬儀の際、

 

『親孝行は、親が亡くなった後でも出来るんだよ。
毎日を精一杯幸せに生きること。これが何よりの親孝行なのだから。
これからはあなたがカナダにいてもポーランドにいてもお父さんにはちゃんと見えているのだし、
あなたの心の中でお父さんと一緒に旅することもできるんだよ。』

 

と言っていただいた言葉を忘れないでいたいと思います。

 

飛行機嫌いな父でしたが、これからは一緒に旅をして、見せたかった風景を見せたいと思います。

 

父の口癖だった『お前の人生はお前のものだから』という台詞。
私がやりたいことは否定せずに、すべてやらせてくれて温かく見守り続けてくれた父に
今は感謝の気持ちでいっぱいです。みんな幸せに生きていくから、心配しないでね。

そして、会社でも趣味でも、我を通してやりたいことを思う存分堪能した自由奔放なお父さんも
本当に幸せな人生を歩んだ人だと、みんなから言われていたよ。

好きでやめられなかった煙草もお酒も、飲めずに我慢して長生きするよりは
好きなものをずっと楽しんでいたかったんだもんね。

だから、これで良かったんだよね。

お父さん、たくさんの愛情で育ててくれてありがとう。
今日、お父さんの誕生日をこちらで一緒で迎えることができなくて残念だけれど、
今日はお父さんの好きな食べ物を用意して、お花も綺麗に飾って
みんなで思い出話をしながら、賑やかにしているよ。

賑やかなの大好きだったもんね。

これからは天国で誰に止められることなく、おいしいお酒を好きなだけいっぱい飲んでね。

大好きなお父さん、本当にいままでお疲れ様でした。
どうもありがとう。

※最後に訃報を聞いて葬儀に来てくれた友人たち、弔電や香典などお心遣いをしてくれた友人たち
元気付けるメールをくれた友人たち、法的事務処理を手伝ってくれている友人の一人一人に
感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうもありがとうございました。